2007年10月4日木曜日

10月4日(木) システムエンジニア プログラマー 大島秀夫様 池袋モーニングセミナー

豊島区倫理法人会 朝会 池袋モーニングセミナー
シアターグリーン6F大広間 6:30~7:30
システムエンジニア プログラマー 大島 秀夫様
「障がいを持って生まれた私」

両耳が聞こえなく、手と足が不自由な体でどのように障害を克服したか。
そして、障害者とどのように付き合えばよいか。

1976年1月1日生まれ
生まれたときより脳性麻痺による四肢体幹機能障害と難聴
小さいとき、友達のお母さんからこの子とは遊んじゃだめよと言われ幼心にもショックを受ける。
それ以来、一人で遊ぶように、周りの人と話さなくなる。
中学になり、あまりにも人と話せないこと、一人に耐えられなくなり、死も考える。
しかしそのとき、たまたま読んだ手塚修の「火の鳥」に、現世で克服できなかったことは来世でまた現れるという箇所を発見。
これでは生まれ変わっても障害を持って生まれる、これじゃ耐えられない。
生まれ変わるのではなく、自分の魂の消滅を願う。とことん悩み、抜いた結果、
ある体験から自分の存在自体の大切さに気づく。
その後は外の世界にでるようになる。

ある日暴走族に絡まれ、しゃべらず、無表情でいたらそれが気に障ったのかボコボコに。
しかし、障害でしゃべれなかったことがわかると暴走族のリーダーが土下座で本当にすまなかったと詫びる。
そこからリーダーと友達に。
友達ができ、再び人と話したいと思い、話の練習を始める。
手話という道もあったが、手話を覚えることで逆に話せなくなるのではと思い、試行錯誤しながら独自で口の動きを練習。
だんだんと話せるようになる。
障害者でも普通の人に負けないものを何かを極めようと思い、小さいことからやっていた対戦ゲームを極めようと思い立つ。
ゲームが上手くなると、おまえけっこうできるじゃんと友達もふえてくる。
さらに、手を動かしてきたせいか、手の障害も直ってくる。

社会人になり初めて障害者のいない世界、普通の人たちだけの会社にいった。
皆と同じように深夜まで残業、朝早くから出社で精一杯働く。
様々な要因があり、苦労しながらも、周囲の人達に助けられ認められる。
しかし自分だけが認められてもしょうがない、障害者が働きやすい社会にしよう。
障害者がちゃんと認められる社会にすればどうすればいい?
障害者が自分から動ける社会にすればいい。
そのためには?自ら動き態度で示すのみ。
障害者のためのボランティアのヘルパーをやろうと思い立つ。
様々な現場を体験し、障害者の現状を見る。
自分の障害でできないことも自分でしっかり把握すればできることもでてくる、
動けば変わる,その思いを胸に、様々な仲間(てんつくマンとのジョイントセミナー、teamGoGoプロジェクトなど)と、
障害者の社会、さらに大きくは地球環境の改善のため様々なことに取り組み中。


障害者にいいたいこと
生まれつき障害をもっている人は、やはり普通の人より何倍も苦労する。
しかし苦労はその人の成長に必要なもの、またくやしさバネにするしかない。
苦労は自分のため、決してかわいそうじゃない。
障害を持つということは、生まれる前に自分で障害を承諾して生まれてきたということ。
障害を逆手に取る。
ハンディーキャップは個性、弱点は財産。

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